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記憶の中の祖父は、すでに仕事は退職をして隠居人だったように思う。いつも家の中でいちばん日当たりの良い、裏庭に面した廊下に座椅子を置いて、そこで眼鏡をかけて、新聞とか雑誌とか何かしらの活字を読んでいた。
寡黙な祖父だったので、面白い会話を交わして笑い合った思い出も、いたずらをしてきつく叱られた記憶も、どちらも全くない。けれど僕からそばに近づけば、自分が用事をしている最中でも、快く僕に時間を割いてくれた、懐の広い祖父だった。
一度、何がきっかけだったか忘れてしまったが、祖父母が日常を過ごす一階の部屋で、祖父が会社員時代に用いていた品などを、見せてもらったことがある。と言っても、祖父は気に入った物を大切に永く使いきる人だったので、祖父個人の持ち物は、生きてきた時間の割にはほんの少ししかなかった。本当に度数が合ってるか誰も知らない眼鏡。学生時代に合格祝いでもらったという万年筆。祖母から身だしなみにと渡されたツゲ櫛。もはや生産中止で故障しても治せないと言われたトランジスタラジオ・・・。
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