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「話は分かりました。心配かけてすみませんでした。あと、コーヒーもごちそうさまです。じゃ、俺はこの辺で……あの、カバン返してもらえますか?」
たたみかけるように話す咲良が、ついでのようにカバンを要求した。
「こらこらこら。すぐお前はそうやって話を終わらせようとする。俺は一応お前より十も年上なんだよ。もう少し年上を敬え」
「敬ってますよ?」
「うそつけ!」
斎藤はちょっと怒ったフリをしてマグカップを二つ持ち、実験用具を洗う流し台へ運んで蛇口を捻り水を張った。スポンジを手に取り液体洗剤を泡立て、マグカップをゴシゴシと洗いながら、話を再開する。
「だいたいお前は、四枚書けって言った反省文も一枚しか書かないし……俺を舐めてるに違いない」
「そんなことないですよ」
咲良はそう言いながら隣へ並び、ダボッとした袖を引き上げ腕まくりすると、泡のついたマグカップを水で流し始めた。
「サンキュ。説得力ねーよ。咲良はいっつものほほんだもんなぁ」
「いつも?」
「いつもだろ? 朝は寝癖つけて学校来て、ショートホームルームは空ばっか見てるし。現国の時間はお昼寝タイムだろ? 数学の渡部先生が嘆いていたぞ。咲良君は僕のとっておきの雑談より外のノラ猫に興味津々だって。俺の授業だって半分上の空だしな?」
咲良はもう一個のマグカップもすすぎ流し台に手を突くと、斎藤の顔を覗き込んだ。
「先生ってさ、そんな俺のこと見てくれてたんだね」
「ばっ! 当たり前だろ? 俺を誰だと思ってんだよ」
「当たり前? どうして?」
また子供っぽいあどけない表情で、咲良は詰め寄るように斎藤へ顔を寄せた。
「担任だから?」
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