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ショックだったのだ。
斎藤は咲良をなんの問題もない生徒だと思っていた。
四月に入学した時の咲良を思い出す。
本当に普通の生徒だった。明るいし、屈託もないし、クラスの浮いた存在でも地味な存在でもない。十月初めの体育祭ではクラス対抗選抜リレーで選手五人の中に選ばれ、活躍もしてくれた。どこにでもいる明るい生徒。居眠りしたあとボーッと外を眺める姿はあどけなくすらあった。そういう時の咲良はどっちかというと幼い子どものようで……。
咲良は斎藤にとって、そういう存在だった。
――俺が見えてなかっただけなのか。
シャツをはだけさせ、高校生とは思えないうっとりした横顔でキスを受けていた。ドアが開いたことにすら気づかず。
気が付くとキーを叩く斎藤の指は止まっていた。頭を掻きむしり立ち上がると、コーヒーメーカーに買ってきたばかりの挽きたてのコーヒー豆をセットし、薬液を保存してある冷蔵庫からペットボトルを取り出し水を注ぐ。しばらくするとコポコポと音が立ち、コーヒーのいい香りが漂ってきた。
「はぁ……」
斎藤はため息をつき、陰り始めた光を追い窓の外へ目を向けた。もう夕暮れが始まっている。西の空の雲が薄紫とオレンジ色に染まる。その光景は綺麗で、どこか物寂しくもある。壁の時計は五時半を指していた。
咲良の居ない準備室で一時間過ごしたが、咲良は戻って来なかった。斎藤はコーヒーを飲み、気分を切り替えてテスト作りを再開した。
テストが完成したのは七時だった。
やっと帰れる。
斎藤はグッと反り、背筋を伸ばした。
結局咲良を待っている時間でテストは完成したが、当の本人は姿を消したまま現れなかった。斎藤は咲良のカバンと自分のカバンを持ち、パソコンを引き出しへしまい鍵を掛け、準備室をあとにした。
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