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翌日の朝。
教室へ入ると、咲良は平然とした顔で教室にいた。いつもと同じ。窓際の自分の机に座り、前の席の生徒と笑顔で話している。ピョコと跳ねた後ろ髪もいつも通り同じだった。
斎藤はあえて、そんな咲良に声を掛けず知らん顔を決め込んだ。反省文をたった一枚で終わらせトンズラした生徒だ。斎藤の言うことを聞く気がないのだから高圧的な態度は意味を持たない。いくら咲良が大人を食う態度をとろうが、本物の大人の方が一枚上手なことを知らしめてやろう。感情的になった方が負けだ。
斎藤は冷静にそう思った。
ホームルームが終わると同時に、咲良がふらりと教壇へ近づいてきた。
「先生、俺のカバン知りませんか?」
まるでただの忘れ物を尋ねるような、のほほんとした口調。斎藤も負けじと、のほほんとした調子で応えた。
「ん? カバン?」
咲良が昨晩どこでどう過ごしたのか、斎藤は内心とても気になっていた。しかし、本当に困った事態になるのなら担任へ助けを求めるはずだ。斎藤は「準備室で待っていろ」と言った。逃げた咲良を見捨てず七時まで待ちさえした。それでもカバンを取りに来なかったのだから、ここで「昨日は大丈夫だったか?」とは聞きたくなかったし、聞いたらやはり負けな気がしたのだ。
咲良のピョコと愛らしく跳ねた後ろ髪からして、どこかで眠ったのは確実。家の鍵を持たずして、どこで一晩を過ごしたのか……。考えれば考える程、斎藤の脳内にボフンと浮かぶのは、昨日の準備室で見た咲良のいけないシーンだった。
容易に想像できるのが恐ろしい。斎藤は脳内の淫らな映像を消し、飄々とした表情になるよう努めた。
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