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空が明るめの燈色に染まる夕刻、蘇芳友梨は買い物袋を揺らしながら帰宅した。
「あら」
エレベーターをおり、自分の部屋へ向かったときにその人影に気が付く。
「何しに来たの? 言ったでしょ、もう会いに来ないでって」
男性は無言のまま、蘇芳と向き合う。
「もう帰って。来ないで、二度と!」
男性を押しのけ、蘇芳は手にしていた鍵をドアに差し込む。
次の瞬間、男性の手が持つ白いものが彼女の細い首に巻き付いた。
「な、にするのっ……!!」
彼に背中を向けていた彼女は、買い物袋を床に落とし首をしめてくる彼の手を必死につかむ。喋らないほうがいいのは分かりながらも、声を出さずにはいられない。
しかし今は平日の夕方。隣人はまだ帰っていないようだった。男性の手に入る力はますます強くなる。
暴れる蘇芳の服がすれる音だけがむなしく鳴っている。
「くっ……は……、っ……んっ……」
やがて、蘇芳は息をつかなくなり、全身の力は抜けだらしなく地面に崩れ落ちた。
「はーっ、はーっ、はーっ」
男性は荒く息をつきながら、死んだ蘇芳の体を抱き、彼女がドアに差し込んだ鍵に手を伸ばす。
真夏の夕暮れ、蘇芳へのレクイエムかのようにひぐらしの鳴き声がこだましていた。
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