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「つかぬことを伺いますが……」
そう野上に話しかけられる。
「特殊な針についてお聞きしたいのです」
「……は、針?」
ようやく言葉が絞り出せた。
「はい。おじいさまの形見の」
野上の無感情な目を見ると、嘘をつくことすら無駄に思えた。
「針は……、この中に……」
左手の人差し指を見せ、正直に言った。
野上はしげしげと、私の指を見つめた。
「ちょっとお手を拝借」
野上は私の手を取った。信じられないほど冷たい手をしていた。
「取り出すには複雑な暗号がありまして」
私の手のひらを広げ、そこに、冷たい指先で何かの印を書き込んだ。
○と×印の組み合わせで、複雑とはほど遠いシンプルな暗号だった。
書き終わると、私の指先から針がスルスルと出てきた。
野上は針を手で取ると、ゆっくりと微笑んだ。
そして喪服の懐から古ぼけた手帳を取り出し、何かを数え始めた。
「あと1つ」
「え?」
「もう1つあるはずなんですよ。針」
野上は私を見た。
「この針は、そもそもどこにありました?」
10数匹は入っていたであろう、蝶の標本箱を思い出した。
「昆虫標本の、古びたドイツ箱の中に・・・・・・あっ」
たしかに針が何本も刺さっていた。
気づかなかったが、もう一本同じような針が紛れていたのか。
「案内していただけますか?」
野上は抑揚なく、そう言った。
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