第6章 針

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「つかぬことを伺いますが……」 そう野上に話しかけられる。 「特殊な針についてお聞きしたいのです」 「……は、針?」 ようやく言葉が絞り出せた。 「はい。おじいさまの形見の」 野上の無感情な目を見ると、嘘をつくことすら無駄に思えた。 「針は……、この中に……」 左手の人差し指を見せ、正直に言った。 野上はしげしげと、私の指を見つめた。 「ちょっとお手を拝借」 野上は私の手を取った。信じられないほど冷たい手をしていた。 「取り出すには複雑な暗号がありまして」 私の手のひらを広げ、そこに、冷たい指先で何かの印を書き込んだ。 ○と×印の組み合わせで、複雑とはほど遠いシンプルな暗号だった。 書き終わると、私の指先から針がスルスルと出てきた。 野上は針を手で取ると、ゆっくりと微笑んだ。 そして喪服の懐から古ぼけた手帳を取り出し、何かを数え始めた。 「あと1つ」 「え?」 「もう1つあるはずなんですよ。針」 野上は私を見た。 「この針は、そもそもどこにありました?」 10数匹は入っていたであろう、蝶の標本箱を思い出した。 「昆虫標本の、古びたドイツ箱の中に・・・・・・あっ」 たしかに針が何本も刺さっていた。 気づかなかったが、もう一本同じような針が紛れていたのか。 「案内していただけますか?」 野上は抑揚なく、そう言った。
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