第8章 脱走犯

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「……あんた、名前は?」 日坂は私を落ち着かせようとしたのか、優しい口調でそう言った。  凶悪犯に本名を名乗って良いのか、 一瞬のためらいがあったが、正直に言うことにした。 「う、宇和島百合子です」 「宇和島? 宇和島慎一郎を知っているか?」 「……私の祖父です」 「そうか……」 「お知り合いなんですか?」 「知り合いも何も、俺は昔、君のおじいさんに助けられたことがあってね」 祖父の患者とこんなところで出会うとは思わなかった。 しかもその患者が殺人犯だったとは。 「助けられたのは、だいぶ昔だ。今から40年も前、俺が7歳の時だ。 お袋と山の崖から落ちたところをね」 私は祖父の書斎で読んだ資料を思い返した。 山で転落した親子が心肺停止の状態で運ばれてきた記録だ。 「あの転落事故の?」 「知ってるのか?」 「私も医者で、祖父のカルテを少し読みました」 「表向きは転落事故だが、あれは違う。心中なんだ」 「心中?」 「単純な話しだ。生活に行き詰まった母と息子が山から飛び降りた。 普通ならあのまま死んでいたはずだった。だが助かった」 「……」 「助かってからが、地獄だった」 日阪はため息をつきながら言った。
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