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「……あんた、名前は?」
日坂は私を落ち着かせようとしたのか、優しい口調でそう言った。
凶悪犯に本名を名乗って良いのか、
一瞬のためらいがあったが、正直に言うことにした。
「う、宇和島百合子です」
「宇和島? 宇和島慎一郎を知っているか?」
「……私の祖父です」
「そうか……」
「お知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、俺は昔、君のおじいさんに助けられたことがあってね」
祖父の患者とこんなところで出会うとは思わなかった。
しかもその患者が殺人犯だったとは。
「助けられたのは、だいぶ昔だ。今から40年も前、俺が7歳の時だ。
お袋と山の崖から落ちたところをね」
私は祖父の書斎で読んだ資料を思い返した。
山で転落した親子が心肺停止の状態で運ばれてきた記録だ。
「あの転落事故の?」
「知ってるのか?」
「私も医者で、祖父のカルテを少し読みました」
「表向きは転落事故だが、あれは違う。心中なんだ」
「心中?」
「単純な話しだ。生活に行き詰まった母と息子が山から飛び降りた。
普通ならあのまま死んでいたはずだった。だが助かった」
「……」
「助かってからが、地獄だった」
日阪はため息をつきながら言った。
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