第2章 蝶

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中にはドイツ箱が入っており、 そこには10匹以上の蝶の標本が収まっていた。 「ユリちゃん、小さいとき昆虫採集好きだったもんねぇ」 祖母は微笑んだ。 「そういえば、そうだったね」 「じいちゃんの宝物だったのかしらねぇ」 「結構、古びてるけど」 「10年前のものらしいね」 箱の裏には日付が刻印されていた。 「おばあちゃん、ありがとう」 私に笑顔が少し戻ったのを見て、 祖母は「風邪引かないように」と言い残し、部屋を出ていった。 しばらくの間、標本を眺めながら、祖父と一緒に昆虫を捕まえ、 標本づくりに明け暮れた夏休みの日々を思い返していた。 ふと気付くと、日はとっくに暮れていた。 標本を机の中に戻そうとした時、ある小さな違和感を覚えた。 蝶を止めている昆虫針の中に、やけに大きなサイズの針が混じっていたのだ。 そして針に刺されている蝶も異質だった。他の乾燥された蝶と違い、 生命のみずみずしさに満ち溢れていた。 蝶がピクリと動いた気がした。まさか、と思った。 10年も前の蝶のはずだ。恐る恐る箱を開けてみると、 防腐剤の独特の香りが広がった。    針を抜いた瞬間――         ――その蝶が羽ばたいた。 私は唖然とした。 蝶はやがて、私の上を軽やかに舞い、窓から外へと消えていった。 私はそれを追うように、窓から顔を出したが、 蝶は夜の暗がりに溶け込み、もう見えなくなってしまった。
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