第3章 叔母

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「脱獄のニュースばっかりね……」 テレビは刑務所の改装工事の隙を見て脱獄した受刑者の事件で持ちきりであった。 「でも怖くないですか。H刑務所って、同じ県内ですよ……」 「ばーか。刑務所からこの町まで何キロあると思ってんの」 「そうですけど」 「何か話してよ。眠くなりそう……」 叔母さんは目をつむり始めている。 「じゃあ、おじいちゃんの話ししましょう」 叔母さんは突然、むくりと起き上がりこう言った。 「そりゃあ凄かったんだから。昔はこの辺はロクなお医者さんもいなくて、 おじいちゃんが全部ひとりで見てたのよ」 「知ってます」 「難しい手術もバンバンやっちゃってね。全部助けちゃったんだから」 私は例の針のことを思い返していた。 確かに祖父はこの町では評判の名医だった。 評判は県外にも伝わり、遠くから手術の依頼に来る患者もいた程だったという。 祖父の腕の良さは子供の頃から常に聞かされて育った。 もちろん尊敬以上の気持ちを抱いていた。 とはいえ子供ながらにも、「患者を全部助けた」という表現は、 やや誇張したものだろう思っていた。 しかし、この針を見つけてから、その伝説は事実のように思えてならなかった。  この針に生命を吹き込む力があるとしたら――。 そんなSFじみたことを空想してみるが、 あの蝶のこと、祖父が失敗を知らない名医であったこと、 そして何よりも、「奇跡をあげる」と最後に遺言を残されたこと、 そんなことを考えると、あながち見当外れではないような気がするのだった。
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