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音が体を震わせる。
四方から響いてくる音色に、俺はそんな感じを抱いた。
取り囲む人々の視線は暖かく、空気が手足になじんでいく。
彼らは一心に拍手をしていた。
同時に口を開き、俺の健闘を称える。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
決して広くはないオフィスの中にあって、その激励は、自分が舞台の上に立った役者であるかのように錯覚させてくれる。
あるいは、青空を背景に、屹立した一本の広い塔の上で、ぐるりを囲まれて拍手を浴びせられる自意識過剰な少年の心境。
自然と頬の筋肉が緩んだ。
俺は声をあげて
「ありがとうございます。」
和やかな時間が流れる。
やがて輪の中から一歩前に進み出る白髪の男性。
だらしなくたるんだ腹を貫禄に代え、柔和な笑みの上に年の功を刻んでみせる。
彼は手をこちらに差し出した。
自分もそれをがっしりと掴む。
「おめでとう」
「ありがとうございます、根本さん。ここまでこれたのも、あなたのおかげです」
当初の戸惑いを思えば、こみあげてくる思いは大きい。
右も左もわからないまま、頑張り続けた三年間。
これでやっと、社会人として少しは認められたといったところだろうか。
男性ーー根元は首を左右に振って
「全てキミの努力の賜物だよ。ここまで早いスピードで成果をあげる人は中々いない」
そういいながら根元の口元には、誇らしげな想いが漂っていた。
俺は頭を下げる。
「そんなことは…ありがとうございます」
精一杯の感謝の印だ。
再び狭いオフィスのフロアに、満場の拍手が鳴り響いた。
熱いねぎらいのシャワーに、思わず涙がこぼれそうになる。
根元は笑って
「本当におめでとう。黎くん」
「はい。ありがとうございます」
俺は顔をあげて
「降格できたのも、皆様のおかげです」
「降格おめでとう」
「降格おめでとう」
「降格おめでとう」
社会人として、新たな歴史を踏み出した瞬間だった。
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