思い出になれない犬

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ノロノロとした散歩を終えると、ゴンタをすぐに鎖に繋ぎ、餌をあげる。そしてとっとと自分の部屋に戻る。機械的に一連の作業をこなす。なんだか酷い飼い主だ。(ゴンタと兄弟みたいになりたい!)などと、よくいえたものだ。 むろんそんな日ばかりではない。散歩から帰って来たあとも、すぐに鎖には繋がずに、庭に放し、日暮れまで遊ぶときも多々あった。その時間のほうが、散歩よりも長かったかもしれない。 僕が軟式ボールを下駄箱から持ち出してくると、ゴンタは目を爛々と輝かせた。その場でくるんくるんと回ったり、例のごとくくい気味におすわりをしたり、またすぐに立ったり、しっぽをブリンブリンと振りまわす。身の内からあふれだす喜びを、のっぴきならないエネルギーの爆発を、舌をベロンと垂らし、ハッハッハッと息咳きっているゴンタ自身にも、制御できていない状態である。 我を失ったかのように、嬉しすぎているゴンタの姿を見ることで、ゴンタにとっての僕の存在というものが、どのような位置にあるのかを、僕は無意識のうちに確かめていたのかもしれない。喜ぶ姿を見ることで、僕は僕自身を安心させていたようにも思う。 いざボールを投げる体勢をとってみせると、それまでの落ち着きのなさが嘘のように、ゴンタは五感を研ぎ澄まし、ボールに全神経を集中させるのであった。ついさっきまで落っこちそうなほど垂れ下がっていた真っ赤な舌も、きっちりと口内に格納されている。息を止めているようでもある。手足どころかしっぽまでもが地面を掴んでいる。まるで野生動物のような隙の無さである。 地を這うようなボールを投げる。後肢の筋肉を爆発させ身を翻す。尾でバランスをとりつつダッシュする。耳を倒し、体勢を低くし、ボールめがけて猛然と突進する。その勢いはまさに狩猟である。ボールを前肢で押さえつけかぶりつくと、勢いあまった後肢が止まれずに躯が宙にひっくり返る。けれどボールは絶対に離さない。 ハンティングを成功させたゴンタは、王者の風格でボールをくわえている。けれどトコトコと戻ってくるときの表情と、ふよんふよんとゆれるしっぽは、いつものゴンタに戻っている。そして、くわえていたボールを僕に渡す。というようなことはなかった。そんな高等な芸を教えてはいないからである。ゴンタはボールをゲットすると、僕に渡さずに、くわえたままで僕をチラチラ見る。それは鬼ごっこを始める合図である。
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