思い出になれない犬

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ボールをくわえたままでゴンタは「取り返してみろ!」とでも言っているかのように、僕をじっと見、鬼ごっこへと誘い込もうとするのである。僕はまんまと誘い込まれ、ゴンタを捕まえるために追いかけまわす。家の周りをぐるりと一周できるため、追い込むための袋小路はない。けれど捕まえなければ延々と追いかけるハメになってしまう。 ゴンタは僕に捕まらないように、一定の距離を保ち、追いつかれそうになると離れ、離れすぎると立ち止まり、僕の追撃をわざわざ待つのである。これではどちらが遊んであげているのかわからない。ダッシュ力や俊敏さでは到底敵わないのだから、ヒトとしての知恵で対抗するしかない。そこで僕は作戦を決行する。それは『これ、なんだろう?作戦』である。 どのような作戦かというと、まず追いかけるのをやめるのである。そして僕はしゃがみこみ、ゴンタから見えないように背中で死角をつくりつつ、地面に落ちていた何かを発見したかのように身を屈め、肩の動きで何かを拾った演技をするのである。 ゴンタからすれば、自分が優位でいられる追いかけっこを一方的に打ち切られたうえに、物欲しげに追いかけてきていた鬼が突然しゃがみ、うつむき、何やら手をゴソゴソと動かしているのである。(なにしてるんだろう?)ゴンタは好奇心をくすぐられ、ボールをくわえたまま、けれど警戒心は解かずに、徐々に接近してくる。 ここからがかけひきである。よくしたものでゴンタは、僕の手がゴンタに届く、もっといえば指先が届く射程圏内には軽々しく踏み込んではこない。まるで射程距離を計算しているかのようでもある。射程圏外ギリギリのラインから、僕がつくる死角をかいくぐり、なんとかして僕が手に持っているもの(ほんとうは何も持ってはいないが)を、覗きこもうとするのである。どうしても見えないせいか、匂いで確かめようと、鼻先を僕に向けてクイッと伸ばし、クンクンしている。 僕は僕で、ほんとうは何も持っていないことがバレてはならない。バレたらボールは取り戻せなくなる。ふいに正面に回り込まれないように、ゴンタの動向に注意を払い、背中で常にブロックをしながら、この自作自演を隠し通さなければならない。しかしゴンタは警戒をなかなか解除してくれない。射程圏内に侵入してこない。でもゴンタの好奇心だけは十分にひけている。ここで最終兵器の登場である。その名も『モグモグトラップ』である。
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