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帰宅すると犬がいる─。夢が叶ったのだから、それはまさに夢のような環境だった。帰宅し、居間に置かれた小さめのダンボール箱の中をひょいと覗けば、新聞紙と使い古しのタオルを重ねてひいただけの床の上に、今風にいうなら、モフモフとした子犬が、いや、ゴンタが、スヤスヤと寝転がっているのである。小学5年生になったばかりの妹が、ゴンタのために惜しむことなく提供した愛用のぬいぐるみ、ホワイトライオンの『レオ』に、身をあずけるようにして眠っているゴンタ。ふくらんだりへこんだりしているおなかを見つつ、起こさぬように、毛先だけをやんわりと撫でると、くすぐったそうにゴニョゴニョとうごめく。その姿を見て当時の僕は、今風にいえば、癒されていたのであった。
当然、犬を飼うことは初めての体験だったが、生き物を飼うことには慣れていたため、飼う、つまり世話をすること自体には、そのことで家族が困惑することはなかった。役割分担も自然と決まっていった。風邪をひき、熱をだすこともしばしばあり、ヒヤヒヤすることはあったが、病院へ連れていけばすぐに事なきをえた。(病気らしい病気によくかかったのはこの時期ぐらいで、これ以降は病にかかることはなかった。実に健康な犬だった。)
目もしっかりと見えるようになり、足腰にも力がみなぎり始めると、ちょこまかと人や物を追いまわすようになった。活発に動き回り始めたら始めたで、成長の喜びと同時に(どこかへ行ってしまわないか?)という、それまでにはなかった、しなければならない心配りも増えた。歯がはえ揃うと、ミルクから離乳食にきりかえるために、食べっぷりと排泄状態を窺いながら、すこしずつドッグフードをあげ始めた。まだまだ両手サイズとはいえ、確実に成長していくゴンタの姿を、日に日にひしひしと感じていた。
しだいにゴンタ中心の生活となっていき、食卓でもゴンタの話題でもちきりだったが、それは母と妹と僕の間でのことであって、父はといえば、僕らの話をビールを呑みながら黙って聞いているだけであった。
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