思い出になれない犬

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実をいうと父は、犬を飼うことに大賛成というわけではなかった。なぜなら、自分が一大決心をして建てた家が、築4年目にして、犬の爪や牙で傷つけられたりすることや、まだまだきれいな壁紙に、犬の匂いが染みついたりすることをいやがったからである。父の苦労や思い入れを考えれば、当然といえば当然の気持ちである。特に、家の中、もっといえば玄関にさえ入れることをいやがった。 だからだろう、犬小屋を建てることにはやけに積極的だった。父は日曜大工が得意だったので、設計から建築までをすばやくこなし、あっという間に通気性の高い高床式の、網戸つきの、青い屋根の白壁の、とても立派な犬小屋を建ててくれた。(理由はともかくそういう意味では協力的だった)。そして地面に杭を打ち、まだ一歳にもならないころころとしたゴンタを、さっさと鎖で庭に繋いでしまった。これには僕も母も妹も(まだ早すぎるのではないか?)と思いつつ、父のゴンタに対する厳格な態度には反対できなかった。 けれどそこで、父も予想だにしなかった事態が起こった。青年期を迎えたゴンタが、それまで大事に、大事に手入れをしてきた芝生を掘り返し始めたのである。庭先で寝るにあたってゴンタは、芝生ではなく土上を好んだ。ドーナツのように体をまるめ、安定感のある睡眠姿勢を得るために、まるでパズルを作るかのように、まるめた際の自分の背中の形状に、ピッタリとフィットする楕円の穴を、器用に掘り始めたのである。 その行動に対して、叱ったり、穴を埋めたりを試みたが、いかんせんゴンタのほうが庭にいる時間が長いので、掘られては埋める、また掘られては埋めるという、イタチごっこになった。しかし最後には父すら諦め、遂にゴンタは、庭に室外用の寝床をゲットしたのである。やがて、鎖が届くゴンタの行動範囲内には芝生が生えなくなった。雨が降れば水が溜まり、晴れた日には、穴の縁にピタリと沿って気持ち良さそうに眠る、ゴンタの姿がそこにある。僕らにとってその光景が、日常風景になっていったのである。
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