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『犬と庭でボールで遊ぶ』そんな僕の夢が叶ったのはその頃である。短かった尾はスルスルと伸び、歯もギラギラと光を帯び、毛質がもふもふからサラサラへ生え変わると、俄然活発に動き回るようになった。嬉しいといって鳴き、寂しいといって鳴き、腹が減ったといって鳴き、不審者が来たぞ!といって鳴くようになった。隣近所にも番犬として犬を飼っている家が多く、鳴き声に理解のある人が多かったとはいえ、やはり無駄吠えは避けたいところである。特に夜中の、寂し鳴き、は隣近所はおろか家族にも睡眠妨害になってしまう。そこでしつけの必要性がでてくるのであった。けれど僕は、ゴンタとの関係性を飼い主と犬ではなく、兄弟のようになりたかったため、しつけには積極的ではなかった。一緒に遊ぶことしか考えていなかったともいえる。
普段は鎖に繋がれているのだから、せめて遊ぶときくらいは、なにも気にせず自由にさせてやりたかった。ゴンタの意志を尊重してやりたかった。だからこそ僕はゴンタに、たとえそれがしつけの一環であるとわかっていても、芸事のようなことを教えようとはしなかった。しかしある日、驚くべき出来事が起こった。妹が突然「ゴンタがおすわりを覚えた!」といい放ったのである。
僕は内心ざわついた。(いつの間に教えてたんだ!?)と驚いた。(教えるなら俺が教えたかった!)と悔やんだ。まんまと妹に出し抜かれ『ゴンタ史上、おすわりを教えた人物』という輝かしい勲章を、父や母にならまだしも、よりによって妹などにあっさりと奪われてしまったのである。けれど僕は兄として平静を装った。
「やってみ?」なにくわぬ感じで命じた。妹は意気揚々とゴンタの前にしゃがみ、片手にお菓子をちらつかせ「ゴンタおすわり!」と得意気に命じた。するとゴンタはその命令を聞き入れ、というよりも、お菓子をガサゴソと取り出した時点で、ソワソワとしながらもおすわりをしたのである。ゴンタの真剣なまなざしは終始、妹ではなくお菓子を持った手に向けられている。けれどその状態は、確かにおすわりをさせている格好ではある。
なんだかインチキ臭い「おすわりの勲章」にはなったが、この出来事を期に家族全員が、必ずおすわりをさせてから、ゴンタにごはんをあげるようになった。その修練の甲斐あって、しばらくするとゴンタは完璧におすわりをマスターした。 こうしてゴンタは、おすわりができる犬になったのである。
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