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振り向くと、フタバが立ち止まっている。
「先輩」
「はいはい」
ぼくは答える。
彼は小走りにやってきて、ぼくの前に可愛らしい包装の箱が突き出した。
「ボクから、チョコです」
「え。あ。はい。ありがとう」
ぼくはしどろもどろになる。どういうことだろう。
「それでですね」
「なんでしょう」
敬語になってしまった。
「明日のアンコンで、もし金賞が取れたら」
「金賞が取れたら」
生唾を飲み込んだ。
頬が紅潮し、うるんだ瞳が上目遣いにぼくを見つめる。
「付き合ってほしいとは言わないので」
つきあう?
「抱きしめてもらってもいいですか」
だきしめる?
「え」
フタバをぼくが?
「ボクは本気です」
「はい」
いや、それはまずいだろう。
ぼくの逡巡など気にせずに、言ってしまった満足感か、言えた開放感か、彼はまるで天使のような笑みを浮かべて、ぼくの横をすり抜けていった。
「あの。じゃあ、ここからボク乗りますので、お疲れ様でした」
「お、お疲れさん」
「約束ですからね! 約束しましたからね!」
彼はとても嬉しそうに地下鉄への階段を下りていった。
ぼくは約束はしていないと思うんだけど、と思いながら、呆然とその場に立ち尽くした。
世界は、ぼくのことなんかおかまいなしに、回っている。
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