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駅を降りるとすでに潮の香りがした。冬の風は冷たく、頬を刺す。
人通りの少ない道を海へ向かって進んだ。
次第にマストが見えてくる。
ぼくはベッドに腰掛け、言葉にできない気持ちに苛まれていた。
カイが頭の上から優しい声で言った。
「そんなに黙っていられるのが嫌か。そんなに裏切られるのが嫌か」
「当たり前やろ、誰だって嘘はつかれたくない」
「人は何でもかんでも正直に言えるもんやないで」
「わかってるよ」
ぼくはカイを見上げた。
弟は、悲しそうな顔で笑い、
「人は鏡やで、兄さん」と言った。
冬の浜辺は、ひどく寂しいものだった。
波の音がとても遠く聴こえる。
遠くに犬の散歩をしている人影が見える。
それだけだった。
海に来ても、昔の思い出の中に戻れるわけではなかった。
人もいなければ、音楽もない。
空は重たく曇っていて、夜に夕日が侵されていく。
ここには風の音と波の音があるだけだ。
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