2月15日 日曜日 昼下がり

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照明が当たる舞台の裏側では、誰しもが息を潜めている。 ステージの上とは異なる張り詰めた空気があった。 アンサンブルコンテスト。 指揮者を立てずに管楽器や打楽器による3から8人の小編成での演奏を競う。参加団体は、金銀銅のいずれかで評価され、その中から全国大会に出場する者が選ばれる。 ぼくたちは高校部門にサキソフォン四重奏でエントリーし、舞台袖で出番を待っていた。出場順は3番だ。 「うまいなァ」 袖から、舞台上の金管八重奏を眺めた。アルカイックホールは広い。フルバンドでも広い劇場をたった数人の音で満たそうというのだから、その緊張感は計り知れない。 ぼくはこの時間が好きだ。不安と高揚がないまぜになって、イライラしているのか楽しいのかわからなくなる。 そうした中で、いかにメンバーの緊張をほぐそうか、と考える。おどけているうちは気付かずにいられる。自分の緊張を和らげることができる。 ぼくはバリトンサックスを持ち直し、首を回した。四重奏編成の中では一番大きい楽器で低い音が出る。見た目通り、重い。金属の管体と制服のボタンがすれて、かちゃりと音がした。 「ハヤト。いつも思うてたけど、それ何?」 アルトサックスを縦に抱くフミオがきく。 ボーイッシュな彼女の顔に、緊張の色はない。普段通りの彼女だ。 「これ?」 ぼくは左手の小指を見せる。 その爪にだけマニキュアが塗ってある。 「そう」 「おまじない。願いが叶うねんで」 ぼくはここにいる4人にだけ聞こえる声で話した。 ユイ姉さんに教えてもらったものだ。 彼女は向かいの家に暮らす3つ年上の幼馴染だ。中学生の頃、初舞台で失敗したぼくに教えてくれものだった。それから、本番ではかならず、左手の小指にだけマニキュアを塗っている。
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