本になりたかったおじさんのはなし

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「私どもの古本屋では、優しくて、子供の頃の未知や不思議に対する憧れを失われていない方、そのような方が今の社会から辛い仕打ちを受けている時、本に生まれ変わらせて、穏やかな暮らしを送っていただいてます」 昔に見たアニメ映画の最後の方で、何て言ってたっけ? そうだ!! 「本になっても、僕の自我は残るのですか」 「もちろん、本に生まれ変わったお客様同士でおしゃべりすることもできます。」 「それに、あの、“世界の妖怪とUFO”は、妖怪とUFO二つの本が意気投合されてご結婚された本でございます。」 「お客様も本に生まれ変わられて、ここで穏やかに暮らしてみますか?」 「お客様がこの世から消えて、悲しまれる方はどなたかいらっしゃいますか?」 僕がこの世から消えて悲しむ人? そんな人などいる訳無い。 この世の辛さ、生きる辛さや悲しいことから解放される。 もう、怒鳴られない。もう、馬鹿にされない。もう、お金の心配はいらない。 緩慢な死をずっと願っていた。 こんな魅力的な提案に抗う事はできない。 嬉しくて言葉が出てこなかった。 小刻みにうなづくことしかできなかった。 でも、コンシェルジュにはちゃんと伝わったみたい。 「お客様は、良いお仲間になっていただけるに違い無い、初めてお会いしたときから、そのように感じ言っておりました」 「あのっ、本に生まれ変わらるって痛いんですか?」 「いえ、痛みや苦しみはありません、本に生まれ変わる間は夢を見るだけです。」 「どんな夢ですか?」 僕は聞き返した。 「お客様の今までの一生を振り返る夢です。」 大人になってから辛い事が殆どだった。 その出来事を無理やり思い出さされると考えるだけで辛くなった。 そんな僕の気持ちが判っていたのか、コンシェルジュはDVDレコーダのリモコンを持ってきた。 「もし、辛い出来事、思い出したくない場面が夢の中の出てきたら、このリモコンの早送りボタンを押して下さい。」 「巻き戻しボタンも使えるのですか?」 余計なことを聞いてしまった。 「お客様、巻き戻しボタンは生憎故障しておりまして、早送りのみとなっております」 煩わしくて辛いことしか無いこの世から離れられて、一冊の本として穏やかに過ごせる。 夢が叶う嬉しさで興奮していたが、積み重なっていく睡魔には抗えなかった。
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