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それに、あの人の大好きな長い髪を切ってしまえば、あの人が怒って帰って来てくれるんじゃないかと思った。
慌てて帰って来て、髪を切るのを止めてくれるんじゃないかと思った。
だけど、死んだ人間が戻って来てくれることなんてありはしなかった。
こんなにも涙を流すくらいなら、やっぱり髪なんて切らない方が……。
「僕は良いと思います」
ベタベタと鏡に指紋を付けていることを怒られるかと思ったけれど、店長さんから聞こえたのはそんな言葉。
「失恋して髪を切るのは、確かに最近じゃあまりないかもしれませんけど」
何の話をしているのかと思えば、さっき私がカット中に言っていたこと。
ちゃんと聞いてくれていたことに少し驚いた。
「失恋して悲しくなって髪を切って、そこで自分は失恋したんだと改めて自覚して、もっと泣いて、泣いて、泣いて……、そうしていつか涙が枯れてしまえば、今度はきっと笑顔になれますよ」
「笑顔に??」
「失恋して髪を切るのはその人を忘れるためじゃなく、髪を切って次にまた同じ長さまで伸びる時間が、ちゃんとその悲しみを受け止めて立ち直るための時間になっていて、その大切な期間を作るために髪を切るんじゃないかと思うんです」
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