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「ねえ、兄ちゃん、次はいつ来る?」  両腕いっぱいにパンの詰まった紙袋を抱えて店のドアを潜ろうとした僕に、里一がすかさず尋ねてくる。 「さてね。これだけパンを戴けば、当分は買う必要がないからね。でも、ここのパンは気に入ったから、また来るよ」 「だから、それ、いつだよー……ハックション!」  店の外まで僕の後をひっついて来た里一は、再び吹き出した冷たい風を受けてくしゃみをした。  そういえば、ズブ濡れのまま川から自宅まで走って帰ったこの子は、ちゃんと入浴するなりして温まったのだろうか。 「里一、好きな色はなに?」 「きいろ!」  里一の目線の高さに合わせて屈んで問えば、元気な答えが返ってきた。 「じゃあ、次は黄色のマフラーを編んで持ってくるよ。それまではストールを巻いて、風邪をひかないようにあったかくしてな。約束だぞ」 「おう! ヤクソク!」  マフラーを貰えることが嬉しかったのか、里一は興奮気味の赤い顔で、その場で飛び跳ねる。  これだけ元気なら、風邪の心配はいらないかな。 「君は、いいお兄さんですね」  パン屋の帰り道。  見送る里一の声を背に、先生が僕に告げる。  返事をしようと彼の方を向くと、吹く風が冷たいのか、薄物の襟巻を巻き直していた。 「先生にもマフラー編みましょうか?」 「フフ、有り難いですね」  先生は嬉しそうだけど、よく考えれば、先生の方が僕よりも編み物が上手そうだ。 「先生があの店をお気に召したわけ、少しわかりました。パンは美味しいし、あのご一家はいいヒト達だ」  先生曰く、『もう少し賑やかな方が寂しくなくていい』この土地では、彼らの作るパンと賑やかな雰囲気は、あの店を訪れる客だけでなく、地域の住民達の活力と幸福にも繋がっているのだろう。 「だから、僕に彼らの正体を教えたのでしょう? 人間に対して少し臆病な彼らに、僅かでも心を許し、相互で助け合えるような関係を築けるような友人が増えるようにと」 「……君にとって良縁となりそうな、とっておきのお店とヒト達だったでしょう」 「そうですね」  大きく頷き、僕の新たなお気に入りとなったあの店にまた行く為に、早くマフラーを作ろうと、心に決めたのだった。
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