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ポカポカと晴れた秋空の下、クシュンとくしゃみがひとつ出る。
陽射しはとてもぬくいのに、吹く風は酷く冷たくて、びしょ濡れの脚から体温を容赦なく奪う。
僕の脚がこんなにも濡れているのは、一匹の子狸の為。
川で溺れている子狸を通りすがりに発見し、救出したら、このザマだ。
ついでに言うと、首に巻いていたストールも失った。
子狸の体をストールで拭いていたら、それを引っ掛けたまま逃げられたのだ。
きっと、捕まると思ったのだろう。
別に、服が濡れようが、ストールを奪われようが、気にしない。
子狸の命を救えたのだからいいんだ。
ただ、まるでナメクジのように、通った道に濡れた跡を残して歩かねばならない現状に、ほんの少しだけ困ってはいた。
(さて、どうしよう)
ため息を吐いて、持っていた風呂敷包を見遣る。
僕は今、父の遣いでこの荷物をある人に届けにいく最中なのだ。
(この脚じゃ、先生のお宅にも、店にも上がれないな)
赴く先は、父の旧友である文緒先生のお宅。
用事が済んだら、彼が営む古書店・古本やにも立ち寄るつもりだったのだが、この出で立ちではどうにも無理そうだ。残念。
肩を落としている内に、目的地に到着した。
玄関先に置かれた古本やの看板には、"お休み"の札が下がっている。
ああ、どうやら今日は、古書とは縁のない日らしい。
ままならぬ日も偶にはあるさ、と吐息混じりに門戸を潜り、玄関で出迎えて下さった先生に、この不躾な有り様を晒したのだった。
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