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 秋特有の淡い青空と、一面に広がる鱗雲を見上げ、のんびりと歩く。  さっきはあんなに冷たかった風も、今はそれほど気にならず、寧ろ強い陽射しで汗ばむほどだ。 (この陽気ならズブ濡れの毛皮も早めに乾くかな)  太陽の恩恵に和みつつ、先程救けた子狸のことがふと気に掛かる。 「先生、この辺りはよく狸が出るんですか?」  矍鑠とした足取りで隣を歩く着物姿の老人に問えば、彼は緩くかぶりを振った。 「野生の狸はあまり見ませんね。でも、今向かっている先には……いえ、これは着いてからのお楽しみかな」  先生は意味深長な発言を残して、住宅街の碁盤状の道を右に左に突き進む。 (まさかとは思うけど、狸のねぐらに向かってるんじゃないよな)  この辺はビルだらけの市街地とは異なり、鎮守の森や小山など、あちこちに自然が残っている。狸のねぐらぐらい、探せばわんさかありそうだ。  案外、今も狸がそこいらの茂みに潜んでいるかもしれない。  狸狩りをする気はさらさらないが、それとなく周囲を見回せば、ある鮮烈な色が視界に飛び込んできた。  通り端の民家に植えられた柿の木。  大きく広がる焦茶の枝に、焚火のように赤あかとした実がたわわになっている。  その他にも、遠方に見える森や山、そこここに植わる木々なども、うっすらと淡い黄緑や黄色、赤などに色付いていた。  もう少し寒くなれば、紅葉は更に進み、より色鮮やかになるだろう。  どこもかしこも、なんとも美しい、秋ならではの色。  ビルに視界を遮られることのない、どこまでも広がる空の薄い青を背景に、より鮮明に映える。 (狸のねぐらがありそうなこの土地だからこそ見られる、いい景色だな)  狸を探して、この地に確かに息づく秋を見つけた。  郊外に位置する閑静な古い住宅街。  ここを知る僕の幼馴染は、田舎でつまらないとボヤくが、僕はこの土地が気に入っている。  季節感溢れる景観もそうだが、何より、静かで落ち着いた雰囲気が好ましい。 「ここはやっぱり、のどかでいい場所だな」  知らず呟いた言葉に、先生は吐息のような笑みを漏らす。 「私のような年寄りからすれば、もう少し賑やかな方が寂しくなくていいのですが」  のどかとは云うものの、その要因は住民の高齢化によるところが大きい。  若者の減少という現状を鑑みると、住民にとっては、のどかすぎるのも考えものなのだろう。 「だから、いつも賑やかなあの店が恋しくなるのかな。ほら、見えてきましたよ」  老人の節くれだった枝のような指が、細い路地を抜けた先に控える丁字路を指す。  その指に沿って窺った先に、ある物を見つけて、僕はほんの僅かに首を傾げた。  見えたのは、突き当りの塀に掛かった木製の看板。  そこには、子供のような辿々しい字でこう書かれていた。  "タヌキツネのパンやさんはコチラ"
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