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◆◇◆◇
僕達が辿り着いたのは、なんの変哲もない古民家だった。
門扉に掲げられた看板がなければ、きっと素通りしていただろう。
「ごめんください」
先生が馴れた様子で引き戸を開ければ、途端にパンの香ばしい匂いと、味噌汁の匂いが漂ってきた。
(なんで、味噌汁?)
日本人には馴染み深いが、どうにもパンとは結びつかないような。
なんとも奇妙な感覚を覚えつつ、玄関の戸を潜って面食らう。
玄関の正面に待ち構えていたのは、厨房の見える大窓だった。
その向こうでは、面長で、細いつり目と長い鼻梁の狐似の男性が調理台に向かっていて、今まさにパン作りの真っ最中だ。
(明るい厨房。それに、部屋中の"気"が活き活きとしている)
厨房全体が温もりのある和やかな光に満ち、職人が捏ねるパン生地の辺りなどは不思議とキラキラと輝いて見える。
まるで、職人の手により活力と幸福が生み出されているみたいだ。
「こんにちは。相変わらず、見ていて惚れ惚れする仕事ぶりですね」
先生が窓を軽く叩いて挨拶すると、顔を上げた職人が細い目を更に細めて愛想良く笑い、一礼した。
「おおい、古本やさんがお見えだよ」
職人が笑顔のまま厨房の奥に向かってそう唱えると、忙しない足音と共に、通路の奥にあるドアから人が現れる。
店員と思しきエプロン姿のその女性は、ふくよかな体躯とつぶらな瞳、小さな鼻の持ち主なのだが、ひとつ、どうにも気になる点があった。
(ええと……狸?)
エプロンの胸元に施された愛らしい狸のアップリケ。
それが彼女の顔に実にそっくりなので、つい、彼女自身に狸のイメージを重ねてしまう。
「古本やさん、いらっしゃいませ。そちらの子ははじめてのお客様ね。タヌキツネのパンやさんにようこそ!」
(あ、このヒト――)
お天道様のように明るい笑顔を浮かべて挨拶をする女性の体と、店の奥から漂ってくるのは、先程から気になっていた味噌汁の匂い。
ひょっとすると僕は、随分と面白い店に来たのかもしれない。
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