淡い思い出

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その晩。 遥はいつも通り夕飯の支度を済ませると、母の帰りを待ちながらダイニングテーブルの端で宿題を広げていた。 仕事の帰りが遅い母親に代わり、平日は遥が夕食を作るのが日課となっていた。 最初、母は遥が台所に立つことには反対していた。 父と離婚したことで寂しい思いをさせているのに…と、どこか遥に対して負い目を感じていたのだ。 だが、朝から晩まで働き、女手一つで遥を愛し育ててくれた、そんな母の背中を見ていたからこそ、少しでも母の負担を軽くしたい。僅かながらにも役に立ちたいと、遥は思うようになっていった。 「まだ子どもなんだから、そんな風に気を使わなくていいの。他の子たちみたいに少し位遊んでも良いのよ。遥には自分の時間を大切にして欲しい」 そう切実に願う母に。 遥は笑って、自分は料理するのが好きだから夕飯の支度をしたいんだと伝えた。 何度止めても毎日のように準備をして待ってくれている娘に母も折れて、今ではそれがすっかり定着していた。 遥の料理の腕も、今や一般的な料理ならお手の物だ。 「よし。終わったっと…」 広げていた教科書とノートをパタリ…と閉じると、遥は大きく伸びをした。 すると、そこで玄関の扉が開いた。 「ただいまー」 廊下の奥から聞こえる母の声に立ち上がると、 「お帰りなさい」 遥はいつも通り、笑顔で玄関まで迎えに出るのだった。
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