3人が本棚に入れています
本棚に追加
葛西は塀から前方へと首を戻した。
月が雲で隠れ、頭上からゆっくりと闇が広がっていく。
街灯があったはずなのだが、どうしてか、上下左右、すべてが黒一色だ。
これでは歩くこともままならない。
しかも、暗闇に立たされ、不安と心細さに心臓が冷えた。
そんな葛西の前を、音もなく右から左へ小さな光が素早く通り過ぎた。
見ると、やわらかい明かりが灯っている。
葛西は惹きつけられるように、そのオレンジ色へ向かって歩いた。
洋風の店があった。
透明なドアからは店内の一部が窺える。
喫茶店だ。
ドアを開け、中へと一歩、踏み込む。
「いらっしゃいませ」
入って右にある階段を上ると若い男が出迎えてくれた。
年齢は葛西と同じくらいだろうか?
清潔な白色のシャツと腰から下を覆うエプロンを着ている。
「お好きな席へお座りください」
店内は木が多く使われ、中には細工されたものもあり、ビー玉があしらわれていた。
見惚れていると、男がカウンターから声をかけてきた。
「お気に召しましたか?」
「綺麗ですね。動かすことはできるんですか?」
細工はビー玉の幅にあわせた迷路のようになっている。
「残念ながら、固定してあります」
濁りのない透き通った声につられ、カウンターへと腰掛ける。
男はゆったりと笑み、グラスに水を注ぐと葛西の手元に置いた。
客は葛西しかいない。
「どうぞ。メニューです」
「ありがとうございます」
手作りのメニューはコルクのバインダーに挟まれていた。
珈琲の種類が充実している。しかし、睡眠のためカフェインは控えたい。そして、何か食べ物を胃に入れたい。葛西はナポリタンとホットココアを頼んだ。
「飲み物はいつお持ちしますか?」
「食後で」
「かしこまりました」
男は底の深い鍋に水を入れて火にかけ、ピーマンとソーセージを切った。冷蔵庫からスライスされた玉ねぎを出し、バターで炒める。
ふわっといい香りがし、葛西は唾液を飲み込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!