そこでしか話せない

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「いつもこんなに遅くまでお仕事をされているんですか?」  男がフライパンから顔を上げ、微笑んできた。 「はい。だいたいは」 「お忙しいんですね」 「店長さんもこんな時間まで働いているじゃないですか」 「僕はいつもではありません。お客様からご予約がなければ店は開きません」 「そうなんですか……?」  葛西は歯切れ悪く返事をした。  自分以外に客はいない。  だが、店は開いている。  葛西はこの店に連絡をした覚えがない。 「あの、俺、予約していないんですが」 「いえ、されていますよ」  お連れ様が、と男が葛西の右隣の席を見る。  視線を追いかけた葛西は椅子から転げ落ちそうになった。  誰もいなかった席に、高校生くらいの黒髪の青年が座っている。  腕には包帯が巻かれ、服は黒一色。  葛西の知らない青年だ。 「君は?」  振り向いた青年の瞳に釘付けになる。  左右の瞳の色が違う。  右は黄色、左は水色。 「オレは昨日、助けていただいた猫です」  青年の告白に、葛西は目を見開いた。 「信じてくれますか?」  顔にはひっかかれたような傷もあって、その姿は黒猫と類似する点が多い。  葛西が猫を助けた過去も共有している。  だが、猫は人間にはなれない。 「本当ですよ」  店長の男が青年に助け船を出した。 「ここは名もなき喫茶店。命あるもの同士が会話を楽しむ場所」 「あなたはいったい?」 「僕はユイトと申します。あなた達、人の言葉を借りれば、神という存在が一番近いでしょうか? 今回はそちらのお客様からリクエストもあり、人として会話ができるようにしました。もしよければ、次回はそちらのお客様にあわせ、猫になられてはいかがですか?」  葛西は言葉を失う。  喉が渇き、口元でグラスを傾けた。  ユイトと名乗る男はパスタを鍋にばらまき、タイマーをセットした。 「あの」  青年が葛西の腕に手をのせてくる。  昨日、抱きしめた黒猫のぬくもりが重なり、葛西は青年を見つめた。 「名前、教えてもらえませんか?」 「……葛西だ。葛西智也(かっさい ともや)」  青年はほっとし、智也さんと嬉しそうに葛西の名前を繰り返した。 「君は?」 「オレ、ですか? オレは……」  青年が俯く。 「ずっと独りだったので、その……」 「つけてもらったら、どうです?」  ユイトが青年に笑いかける。
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