そこでしか話せない

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「あ……、は、はい!」  よろしくお願いしますと、青年は葛西の手を両手で握りしめた。 「や、俺、ネームセンスない」 「智也さんから名前をいただけるだけで、オレは幸せです!」  勢いに押され、頬がひくひくと動く。 「じゃ……、じゃあ、クロとか」 「クロですね! ありがとうございます!」  へへ、と青年は笑うと、葛西の肩を軽く叩いた。 「智也さん、智也さん」 「なに?」  青年が人差し指で自分をさす。 「オレ、クロ。クロです」 「う……うん」  ピピピとタイマーが鳴り、ユイトがパスタのお湯をきる。 「君も……、クロも何か食べるか?」  ピンと背筋を伸ばすと、クロはユイトを恐る恐る見た。 「お代は足りますよ」  フライパンでパスタを他の具材と炒めながら、ユイトが微笑む。  クロはほっと胸を撫で下ろした。 「オレも智也さんと同じものが食べたいです」 「かしこまりました」  ユイトはナポリタンを皿にのせ、鉄板を火にかけて溶き卵を薄く焼いた。  クロはほくほくした表情で料理ができあがるのを見守っている。 「お待たせしました」  鉄板にのったナポリタンは葛西の前に置かれた。 「すみません。取り皿とフォークをもらえませんか?」 「はい。お待ちください」  ほどなくして、どうぞと二つを手渡される。 「ありがとうございます」  葛西はそこに薄焼き卵とナポリタンをよそった。 「俺だけ先に食べるのもなんだしな」  クロは目前にきた皿とフォークに瞳を潤ませた。 「オレ、いいんですか?」 「そんかし、お前のが来たら、半分くれよ」 「はい! もちろんです!」  生活圏内にクロのような存在がいないからか、純粋さがノーガードの感情にジャブを食らわしてくる。  葛西は顎を引き、淡く疼く胸の内を隠した。  昨日初めてこの町へ来たのだと、クロは言った。 「ここのルールがわからなくて、失敗してしまいました」  包帯が巻かれた腕に細い指が触れる。 「智也さんに受けとめてもらわなければ、オレはあそこで死んでいました」  本当にありがとうございます、と微笑まれ、目が離せなくなる。  クロにとって死はいつも傍にあるものなのだろう。  軽くも重くもない淡々とした口調に、葛西はクロの生きてきた背景を見た気がした。
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