憎悪の砂時計

――砂時計のように溜まった不安。一度ひっくり返したら止まらない。
みんな、本当は心の奥に溜め込んでいるだけ。
好きだからこそ、裏切られたら憎しみが爆発する。普通のことじゃない？
前の彼氏の浮気が判った時も、つい手に持ったフライパンで殴りそうになった。
私はそんなつもりはなかったが、世間では私は重い女に分類されるのかもしれない。
この前初めて「メンヘラ」なんて言葉も知った。

いつものカフェでの相談室は３０分以上続いた。
「とにかく浮気だけが心配で心配で」
友子はあまり気乗りしなさそうに聞いている。
「ふーん。思い込みってことは？」
「この前着替える時もポケットをやけに気にしてたし」
隠すようにポケットの中にしまったスマホ。
「前の女からのメールとか……それならまだいいけど」
そこだけがひっかかっていた。
「ただスマホが怪しいってだけでしょ」
「そうかな、じゃ浮気はしてない？」
「その様子じゃ勘違いな気がするけどね」
私はそこで、ご飯を食べている彼の写真を見せた。
「確かに、もう胃袋はつかんでる」
「あんたのごはんはおいしいからなー」
「せっかく料理の腕をみがいたから有効活用しないと」
彼はおいしそうに食べてくれるから嬉しい。
「２週に１回は、ごはん作ってるかな」
「へー、けっこうたくさん会ってるんだね」
友子はやっぱりノロケか、という顔をしている。

彼は驚きを通り越して飽きれたように言った。
「しかし本当に、料理作るの好きなんだな。今日なんかほぼフルコースじゃないか」
「もう満足？私はまだまだ食べるぞー」
私はケーキ用の包丁を手に取った。
「俺はだいぶお腹いっぱいだ」
「そう？まだデザートあるけどいらない？」
彼はスマホをチラッと見ると、すぐにポケットにしまった。
「あー、気を遣わなくて大丈夫。もうそろそろおいとまするし」
私は急がないと、とすぐさま台所へ行って、戻ってきた。
「うわ！ひどい有様」
彼が立ち上がったのでわかったが、けっこうな範囲にシミがついていた。
いつの間にこぼしたのか、ミートソースがシャツにまでべっとり。
「こりゃひどい、下まで染みてるな」
彼は自分の胸に目を向けると、慌ててジャケットを脱ぎ、汚れないようにポケットの中身を取り出した。
彼の方をちらっと見て、確信に変わった。私は彼のワイシャツの胸のあたりをさしながら言った。
「あー、やっぱりやっちゃった」