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憎悪の砂時計
「あー、やっぱりやっちゃった」
彼の方をちらっと見て、確信に変わった。私はワイシャツの胸のあたりをさしながら言った。
彼は自分の胸に目を向けると、慌ててジャケットを脱ぎ、汚れないようにポケットの中身を取り出した。
「こりゃひどい、下まで染みてるな」
いつの間にこぼしたのか、ミートソースがシャツにまでべっとり。
彼が立ち上がったのでわかったが、けっこうな範囲にシミがついていた。
「うわ!ひどい有様」
私は急がないと、とすぐさま台所へ行って、戻ってきた。
「あー、気を遣わなくて大丈夫。もうそろそろおいとまするし」
彼はスマホをチラッと見ると、すぐにポケットにしまった。
「そう?まだデザートあるけどいらない?」
「俺はだいぶお腹いっぱいだ」
私はケーキ用の包丁を手に取った。
「もう満足?私はまだまだ食べるぞー」
「しかし本当に、料理作るの好きなんだな。今日なんかほぼフルコースじゃないか」
彼は驚きを通り越して飽きれたように言った。
友子はやっぱりノロケか、という顔をしている。
「へー、けっこうたくさん会ってるんだね」
「2週に1回は、ごはん作ってるかな」
彼はおいしそうに食べてくれるから嬉しい。
「せっかく料理の腕をみがいたから有効活用しないと」
「あんたのごはんはおいしいからなー」
「確かに、もう胃袋はつかんでる」
私はそこで、ご飯を食べている彼の写真を見せた。
「その様子じゃ勘違いな気がするけどね」
「そうかな、じゃ浮気はしてない?」
「ただスマホが怪しいってだけでしょ」
そこだけがひっかかっていた。
「前の女からのメールとか……それならまだいいけど」
隠すようにポケットの中にしまったスマホ。
「この前着替える時もポケットをやけに気にしてたし」
「ふーん。思い込みってことは?」
友子はあまり気乗りしなさそうに聞いている
「とにかく浮気だけが心配で心配で」
いつものカフェでの相談室は30分以上続いた。
この前初めて「メンヘラ」なんて言葉も知った。
私はそんなつもりはなかったが、世間では私は重い女に分類されるのかもしれない。
前の彼氏の浮気が判った時も、つい手に持ったフライパンで殴りそうになった。
好きだからこそ、裏切られたら憎しみが爆発する。普通のことじゃない?
みんな、本当は心の奥に溜め込んでいるだけ。
――砂時計のように溜まった不安。一度ひっくり返したら止まらない。
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