忘れ得ぬあの味…

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「ごめんくださーい……」    気づかれぬよう怪しげな男達の姿を横目に眺めつつ、そんなことをつらつら考えながらもいつものように引き戸を開けて、私は脂ぎった臭いの籠る店内へと足を踏み入れる。 「あ、えっと、いつものお願いします」 「あいよ。しょうゆラーメン一丁!」  だが、そんな胸に抱いたそこはかとない不安も、そのいつもと変わらぬ極上のスープを口へ運ぶ度に、まるでラードが熱で溶けるかの如く次第に薄れて消え去っていった。  ………………ところが。  その不安は、突如、現実のものとなって私の目の前に現れた。 「……そんな……何かの間違いだろ?」  その日も、あの味を想像して思わず生唾を溜めながら店へと足を向けた私は、よく見慣れた古めかしい引き戸の前で呆然と立ち尽くしてしまった。  そこには、「一身上の都合により、店を閉めさせていただきます」と手書きされた短い文面の張り紙がぴらっと一枚だけ、なんの飾り気もなく貼り出されていたのだ。  その字面を見ても、最初なんのことだか私には理解できなかった。 何度もその一文を読み返した後、ようやく内容を理解して次に抱いた感想は、これはきっと夢に違いないという疑いの気持ちだ。  それは、それほどに突然過ぎて、それほどに信じがたい出来事だったのである。  それが夢や幻ではないとわかり、その建てつけの悪さも馴染み深くなった引き戸へ手をかけると、私はガタガタと強引に揺すってみる。  無論、鍵はしっかりかかっており、ガラス越しに覗く店内も真っ暗で、誰か人のいるような気配もない。  私はあの日常が、この先もずっと続くものと信じて疑わなかった……あの他にはない極上の味も、店主と他愛のないおしゃべりをするあの一時も……。  なのに、その日常がこんなにも呆気なく、しかも唐突に終わりを迎えてしまうなんて……。 いや、前触れはあったのだ……あの、カタギではなさそうな怪しい男達である。  では、やはり借金取りに追われて夜逃げでもしたのだろうか? それでなんの挨拶もなく、こんなにも突然な形で……。
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