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なんとも言い様のない、このものすごい喪失感。
親しくなった店主との別れはもちろんであるが、それ以上にやはり、あの極上の一杯が二度と味わえなくなるかと思うと、私は身内を亡くした時と同じような、そんな自分の身体の一部を失うかの如き言いようのない淋しさと虚しさを、いつになく静かなその店先でしばしの間感じていた。
そうした思いは他の常連客達も同じだったらしく、ようやくにして現実を受け入れ、どこか後ろ髪ひかれる心持ちで店先をとぼとぼと後にする折、やはり張り紙を見て呆然と立ち尽くしたり、悲鳴のように嘆きの声を上げる人々の姿を少なからず見かけた。
いつの間にか、この店もあの味も、そして、店主と世間話をするあの時間も、私にとって…否、私を含む常連客達にとっては欠かすことのできない〝日常〟の一コマとなっていたのだ。
通っていた学校が廃校になったり、子供の頃からずっと見慣れていた街の建物が取り壊されたりする時も、きっとこのような感情を抱くのであろう……。
馴染みの店が無くなるということへの強い喪失感となんとも言えぬ淋しさを、私はこの時、生まれて初めて実際に感じ、そして、その真の意味を心の底から理解した。
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