忘れ得ぬあの味…

6/8
前へ
/8ページ
次へ
 ……しかし。  話はそれで終わりではなかった。  そんな強い喪失感も一瞬にして吹き飛ばされてしまうような、さらにとんでもない衝撃的な事実が待ち受けていたのだ。  その日は一旦、意気消沈してアパートへ帰った後、それでもまだ諦めがつかず、もしかしたら「本日休業」という貼り紙の文字を見間違えたのではないかという疑念を強引に抱くと、私は未練がましくも再び店を見に行ってみたのであるが……。 「……なんの騒ぎだ?」  着いてみると、店の前には黒山の人だかりができている。  一瞬、もしや閉店記念に最後の営業でもしているのかとも思ったが、どうやらそんな浮かれた様子でもない。  いや、それどころか黒山の向こうには黄色と黒のトラロープが張られ、よく見れば白黒のパンダカラーの車ーー即ちパトカーまで停まっているではないか !  その明らかに事件性のあることを漂わす状況に、今度は借金で首の回らなくなった店主が、あの店構えの割りにずいぶんと立派だった梁に縄をかけて…などと、不吉なことを想像してしまう。 「いったい、何があったんですか?」  人だかりの中には店でよく見かけた常連客の顔もチラホラと見えたので、いてもたってもいられなくなった私はその内の一人に思い切って声をかけてみた。 「…ん?  ああ、それがさあ……ちょっと話ずらいことなんだけどな…」  すると、向こうも私の顔に見憶えがあったと見えて、声をひそめながらも能弁に知っている情報を教えてくれる。 「俺も警察に話訊かれたんだけどよお、その話からするとあの店主、どうやら“人(さら)い”だったらしいんだよ。しかも、1人や2人じゃなく、もう何人もだ」  …………どういうことだ?  突然の閉店でただでさえショックを受けていた私は、いきなり告げられたその新事実に頭がついていけず、その意味を理解できぬまま頭に混乱をきたした。 「特に浮浪者や、消えてもしばらく気づかれないだろう一人暮らしの者ばかり狙って、夜な夜な攫って来てはあの店で殺していたらしい……」  置いてけぼりの私を他所に、その労働者風の身なりをした常連客は物知り顔に話を続ける。 「ラーメン屋のオヤジがそんな頻繁に人を(さら)って来て、いったいなんの目的で殺していたんだろうなあ?」  そして、何やら意味ありげな笑みをその口元に浮かべると、私の顔をじっと覗き込みながら彼はそう付け加える。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加