たんぽぽ屋さん

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「昔の職業は刑務官だったわ。たんぽぽが死者の魂を送るものだと知ったのは刑務所でのことよ。古い時代の刑務所には、悲しい思いを抱えたまま死んでしまった人や、理不尽なまま閉じ込められていた人が多くいたから」  この人は、ただ優しいだけのおばあちゃんじゃない。心の痛みをたくさん知っているからこそ誰かを助けるためにこうして『たんぽぽ屋』をやっているんだ。  少し、自分のことが恥ずかしくなる。このお店の本当の役割を知らされてなかったから仕方ないけれど、落ち着いた女性になることばかり考えてここへ来たんだし。  でも、だからって気持ちを抑えるのは違うと思う。言葉がなくても心を伝える方法を学ぶことは、他人を助けるためだけのものじゃない。お花さんだってその手法を使って私の警戒を解いてくれた。私がお花さんを優しい人だと感じたのは、その体にまとう空気や表情のおかげ。気持ちを伝えるための力は、コミュニケーションを手伝ってくれるものだ。 「さて、美咲さん。今日からはピアヘルパーのお仕事についてお勉強していきましょうか。難しいけれど、覚えること自体はそう多くないわ。きっと、あなたならうまく飲み込めるでしょうし」  穏やかな声で、笑うように話しているのもお花さんが持つピアヘルパーの力なのかもしれない。  私は心の中でぎゅっと気持ちを引き締める。 「はい、頑張りますっ」  言葉を使わずに想いを伝える方法。落ち着いた女性に――――お花さんみたいな人になるために、張り切って覚えなくちゃ。
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