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これもまた疑問に思ったけれど、私は「はい」とだけ答えて外に出た。たんぽぽの世話は早くも慣れてきたけど、だからといってやることがないわけじゃない。ある程度自由にしていいと言われてるし、おしゃれな花壇を目指していろいろといじってみたい。
それにしても、一時間もお話しというのは気になる。うちはたんぽぽを売る『たんぽぽ屋』であって、喫茶店とは違うはずだ。細谷さん、だっけ。あの人のこともお客様と言っていたし、友人関係っていうほど親しいようには見えなかったし……。
探偵にでもなったつもりで考えていると一時間なんてすぐだった。店頭に置いてある鉢植えを並べ替えながらレイアウトを考えていると、玄関の扉が開いてお客様が出てきた。その手に、とても大事そうに抱えているのは小さな鉢植え。ビニールの中からちらっと見えた黄色い花は確かにたんぽぽだ。
「ありがとうございました、お花さん」
「いえいえ。お礼を言う心は素敵ですけれど、私にその言葉はもったいないですよ。あなたの持つ真心は、黄色いたんぽぽに込めてあげてください」
お客様は、『たんぽぽ屋』を訪れた時とは打って変わって明るい表情をしていた。大きく変わったというわけではないし、声の感じはほとんど変わってないけれど、その体を包む空気がさっきまでと違うのだ。
どの言葉が一番しっくりと来るんだろう。ちょっと違うような気もするけれど、憑き物が落ちた、そんな感じ。
私はお花さんと一緒にお客様を見送り、お昼になったので休憩を始めた。
店内にある椅子に座り、お花さんと向かい合って家から持ってきたお弁当を食べる。店員がお店のテーブルでお昼ご飯なんていけないと思ったけど、お花さんはさほど気にしていなかった。
「ねぇ、美咲さん」
優しく名前を呼ばれるとどうしてか背筋が伸びる。気分は落ち着いているのに、お花さんの声には不思議な力があるみたいだ。
「さっき来たお客様のことで気づいたことはあるかしら。何かあると嬉しいのだけど」
無茶ぶりにも思える質問だけど、私はさっき覚えた違和感を話した。
細谷さん、というお客様が最初は暗い雰囲気だったのにどこか晴れやかさを感じさせる表情で帰っていったこと。
そして、あの一時間で何を話していたんですか、と聞こうとすると、それを遮るようにお花さんが笑った。
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