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その洋食屋には、ずっとアナログレコードがかかっていた。
あの黒くて大きい、骨董品のようなレコード。そしてそれは僕の趣味とぴったり合致していた。
僕はその店にいる間、かなり気分が良かった。といっても、踊りだしたり唄いだしたりしたわけじゃない。ただちょっと、表情が柔らかくなっただけだ。
白髪の初老の店主は、僕のそんな表情に気付いていた。
「この曲、好きなのかい」
会計の時に、店主が僕にそう聞いてきたのだ。
僕はまさか話しかけられるとは思っていなかったので、少し驚きながら「は、はい」と答えた。
「また来なさい。キミの好きなレコード、用意しておいてあげるから」
その時の店主の表情は、とても複雑なものだった。
慈愛、喜び、哀れみ、悲しみ……いろんな感情が入り混じっていることが、当時の僕にも理解できた。
だから僕は肯いて、店の名前を忘れないようにレジの横にあったマッチ箱を一つ取って店を出たのだ。
しかし、大学生というのは……ああ見えて、なかなか忙しない毎日を送っているものだ。
普段の日常に戻る中で、僕はあの洋食屋のことをすっかり忘れ、マッチ箱も失くしてしまった。
そして年月が過ぎ……僕はいたって普通の大人になってしまったのだ。
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