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トレモロ
読みかけのページが掠われて、奈緒は目を輝かせた。足場にしていた配管が揺れる。校舎に臨む体育館の屋上は空調機器が詰め込まれ、冬の細い陽にかすかに温まっていたが、いま急の強風で寒々と音を立てた。黒髪は縦横無尽に頬を打つ。もう物語は頭に入ってこない。
転落防止柵のうえにあった上半身を空に乗り出して、彼女は風の中に件の店を探した。
この五階建ての体育館がある丘からずっとずっと下、ビルの群れをいくつか見送ったその先に、鈴木大学芋店の看板が、見える気がする。
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