トレモロ

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 扉を開いて、広い、とまず思った。  室内は奇麗で明るい。よく見ると床は凸の字のような形をしている。私の見たあのオンボロ家は細長い部分の外観で、その他の広い部分は隣接したビルの一室か何かのようだ。外観とのギャップでより室内が広く感じる。天井には、和室で見る照明のような、平たい四角の行燈が吊られていた。  ただ、そこにぶら下がる金属の油皿に火はなくて、光は窓の外から入ってきている。  もう一つの光源は、部屋のあちこちにある立方体の箱だ。黒、赤茶、黒、黒。全部で四個。どれも立派な家具の上に載せられていて、そこから温かい色の光が漏れていた。赤茶の箱は上面に穴が空いているのか、真上の天井に満月みたいな影を浮かべている。    それから、鎮座する机がひとつ。艶つやした表面に、窓から入った光が筋を一線描いている。その巨大な机と、いくつかの家具と、行燈と、それしかない。 「……ここ、何ですか?」  先輩に尋ねようと振り返ってやっと気付いた。居ない。先輩が居ない。  冷や汗が出始める。どうしよう。    ……私はいつものように、本を開いた。逃げよう。本の世界に没頭しよう。 いつだって私の味方をしてくれる本の世界に。私にとって唯一の居場所に。  …………。  何も考えない。何も考えない、何も考えない…………。   ……………………。
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