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「美咲ちゃん、森を抜けたわ。ちゃんと学校に向かって歩いてる」
マスターに向けてそう伝えても、まだ怒りは収まらないようだった。首のない彼は言葉を話せない。彼の言葉を聞き取れるのは不思議な力を持った美咲ちゃんくらいだった。
でも、その力がなくたって言いたいことくらいわかる。
「そんなに怒らないで。あなたが思ってるほど、美咲ちゃんは弱い子じゃないから」
大方、マスターは力を失った美咲ちゃんが自殺してしまうんじゃないかと心配しているんだろう。心のよりどころであるお気に入りの喫茶店に来れなくなってしまったから、もう自分を理解してくれる人はいないと絶望して。
けれど、そんなのはただの妄想だ。
「あの子、『もう何もないのなら、いっそ人生を楽しんでやる』って心の中で叫んでたわよ。さんざん苦しめた力を見返すために、あの力が寂しくなって戻ってくるぐらい謳歌して、またこの喫茶店に来るんだ、って。なんだか、本当に子供らしい発想よね」
「……」
胸をなでおろしたマスターを見て、私もちょっとだけ安心した。私は魔女で、いじわるな言い方ばかり覚えてしまったから話すのが苦手なのだ。
だから、もう一つの隠し事もどうやって伝えようか悩んでいる。あんな風に美咲ちゃんを突き放した後に、実はあの薬は十年間だけ力を消す薬でした――なんて伝えられるわけがない。
あの子が力に飲まれない強い心さえ持っていられればそれでよかった。だから、一時的に力を抑えて人間世界でも生きていけるくらい強くなったあの子をまた迎えようと思っていたけれど……。
「わんっ」
足元で元気な声を出し、ロスが飛びついてきた。しっぽをぶんぶんと振りながら、三つある顔のどれもを綻ばせて喜んでいるのは、もしかして美咲ちゃんの影響を受けて他人の心がわかるようになったから、かしら。
もしそうだとしたら、マスターには伝えなくたっていっか。美咲ちゃんが力を取り戻すまでたったの十年なんだし、わざわざ言うほどの時間じゃない。
あぁ、でも少し――。
「あの子のいない十年は、ちょっと長いかも……」
短いのか、それとも長いのかよくわからなくなってきた。でも、一つ確かにわかることがある。たとえ十年経ったって、千年の時が過ぎたって、私たちはまた仲良くおしゃべりすることができるだろう。彼女がお気に入りと言った異形ばかりの喫茶店で、また会える日が楽しみだ。
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