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けれど、元気な鳴き声が聞こえてその手は止まる。
わんわん、と声がしたほうを見ると、調理場のほうからやってきた犬のロスが私の足元へやってきた。紫色の毛並みが珍しい、喫茶店の番犬。長い舌で足首のあたりをなめられるのはこそばゆくて、つい笑い声が漏れてしまう。
「だめでしょロス、おとなしくしないとお客さんは帰っちゃうぞー」
ロスの首元を触りながらそんなことを言うけれど、返ってきたのは『遊んで遊んで!』って感じの鳴き声。
遊びごころが出てきた私は、手に持っていた三つのギモーヴを同時に放り投げた。マメィが小さく「あっ」って言ったのが聞こえたけど、私の視線は器用に三つのギモーヴをキャッチしてみせたロスに向いている。
誇らしそうに一鳴きして、ロスはまた私の足元にすり寄ってきた。
「ねぇ、犬に砂糖菓子ってダメなんじゃないの?」
「たぶん大丈夫だって。ロスだって大丈夫って言ってるし、この子って甘えん坊な性格の割に意外と狂暴なんでしょ? ちょっと前に、マスターから『ロスはこの森にやってきて暴れながら走り回っていたところをマメィに保護してもらった』って聞いたよ。暴れん坊さんなら人間用のお菓子を食べるくらいで倒れないって」
マメィは遠くを見るように目を細める。灰色にも、赤色にも見える不思議な瞳がじっと見つめるものが何か、うまく読み取れなかった。
「あぁ……懐かしい話。でも、あの人そんなことを話したのね。私の前だとたまにしか言葉をくれないくせに、話を聞いてくれるあなたにはなんでも話しちゃうんだから」
ちょっと拗ねたような言い方が気になって、私はにんまりと笑いながらマメィの腕を取った。
「ちょっと、いきなり何よ」
「べっつにー。マスターとマメィっていつからオトモダチなのかなーと思って」
裏にいたずらごころを隠した言葉に気付いたのか、マメィは面倒そうに眉をゆがめて私の腕をはがした。
「学校でクラスメイトと恋バナできないからって、美人のお姉さんを掴まえて何を話させようっていうの。言っておくけど……」
と、いつものお叱りコースかと思ったけど、マメィはいじわるな魔女みたいに笑ってカウンターに肘をついた。
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