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「そうね、ちょっとだけ昔話をしてあげましょうか。あれは遥か昔の遠い時代、まだ空に月が二つ浮かんでいた千年前のお話よ」
語り部よろしく言葉を並べ始めたマメィを見て、私は早くもため息が出てしまった。
「妄想おばさん」
「ふふっ。小娘の戯言なんて聞こえないわ。それよりも話を続けましょう。一秒に千変する赤い月の夜を過ごしていたうら若き私は、目が覚めるほど精悍な顔つきをした青年と出会って恋に落ちるの。でもね、その男の人は」
「一国の王子で泥沼の王権争奪が始まるんでしょ? マメィの話って結局そこに行き着くじゃん。私のために争わないでーとか、一国を傾かせる美女は辛いーとか、そういうのを言うために何時間も妄想垂れ流すのそろそろやめようよ」
ちょっと強めに注意したけれど、夢の世界へと飛んでしまったマメィには全く効果がなかった。
他人の言葉を聞くのは得意だけど、妄想ばかりを話すマメィにはこりごりだ。言葉には感情がたっぷり乗ってるくせに、話の内容は信じられないようなものばかり。私でも読み取れないふわふわした言葉を聞いていても退屈なだけだ。
ロスと遊んでいると、調理場の方から足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ごめんね、美咲さん。ジャムを作っていたら時間がかかってしまった」
そんな声が聞こえて顔をあげると、テーブルには綺麗にカットされたサンドイッチがたくさん置かれていた。隙間から見えるジャムはストロベリーやブルーベリーだけじゃなくて、赤と紫を混ぜたような果肉やはちみつみたいな色をしたものまである。
「パンが柔らかいうちに召し上がれ。アップルティーと一緒に楽しんでくれれば……と思うけれど、マメィがずっと妄想を話しているから難しいかもね」
マスターは両手を持ち上げて呆れたと言わんばかりのジェスチャーを見せた。わかりやすく肩を落とし、きれいな妄想を並べ立てるマメィから目を背けた。
……いや、違うかも。目を背けたんじゃなくて視線を落としただけかな。うぅん、耳には自信があるけど、目の方はそこまですごくないからちょっと読みづらい。
まぁ、そういうのは後にしてサンドイッチを食べよう。まずは、マスターが用意してくれた料理とアップルティーを写真に撮って、カメラロールに保存されているのを確認してから手を合わせる。
「いただきます、マスター」
「あぁ。おあがりなさい」
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