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「これは、人間に憑いた霊能を消すための薬よ。小瓶の中に入った液体を飲めば、現実の隙間にある喫茶店に訪れるなんてことはなくなるでしょうね。首なし幽霊のマスターも、首が三つある番犬も、魔法薬を作る魔女の常連も見えなくなるわ」
マメィの声が妙に沈んでいるせいで、ロスが寂しそうにうなだれているせいでつい視線が下がってしまう。
「……別にいいって言ってるじゃん。私にとってみんなの方が普通で、何にも気づかずに暮らしてる人たちのほうがおかしいんだもん。幽霊の声が聞こえるのにはもう慣れたし、怪物を見て悲鳴をあげてたのなんて幼稚園の頃までだよ。みんなと一緒にいるせいで不思議なものを見聞きする力が強まってるのはわかるけど、別に今更気にしなくていいじゃんか」
なんとか吐き出した言葉だけど、きっとみんなの考えを変えるほどのものじゃない。
私だって本当はわかってる。このまま不思議なもののそばにいると、きっと自分が人間だっていうことを忘れてしまう。異形の中に足を踏み入れて、落ちてしまう。
でも、だからってみんなの気配が聞こえなくなるのは嫌だ。ずっとこの喫茶店に通っていたい。私のことを変な目で見る人たちから離れて、みんなと話をしていたい。
「美咲ちゃん。確かに、私もあなたが人間じゃなくなったって構わないわ。生意気だけど、話し相手としては悪くないもの。……でもね、弱い心の持ち主は異形になったってすぐに死んでしまう。自分の力を制御できなくなるの。そのベースが、ちっぽけな心しか持たない人間だっていうなら余計にね」
マスターが、マメィに怒りを向けるように肩を震わせた。けれど、マメィはその気配をわかって鋭い言葉を続ける。
「望んで異形になるのはいい。でも、あなたは『人の関わりに馴染めないからこちら側に来ようとしている』の。つまり、逃げてるのよ。自分じゃ太刀打ちできない世界から」
「……知ってる。自分のことだもん」
「だったらよく考えなさい。自分がどうするべきか、私たちみたいな存在じゃなく自分の心に耳を傾けるの。異様に耳のいいあなたなら、きっとできるわ」
その言葉を最後に、私は意識が遠くなる感覚に陥った。
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