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 満腹からくる心地よい眠気を味わいながら、駅に向かって歩いていた。昨晩の大雨が嘘のように晴れ渡り、往生際の悪い水溜まりが目の冴える空色を映している。この素晴らしい満足感を、晴れやかな気分を、返済に追われるあの女性は味わうことがないのだと思うと、なぜだか無性に悔しかった。けれど、しがないビジネスマンの自分にできることは、精々沢山通って750円ずつ売り上げに貢献することだけだろう。  と、目の前に。見知った、そして憎いあの巨体が、こちらへ向かって歩いてきていた。 「あいつ……!」  あの店に行くのだろうか。ポケットに両手を入れ、一歩踏み出すたびに肩が大きく空を切る。まるで獣のような歩き方。 「ちょっと、あの」  サングラスがこちらを向く。俺よりも十センチは高いであろう巨体が、脅すように間近に迫り、止まる。甘ったるい香水の臭いがした。 「あ?」 「あ、あの、あの店の、おっ……あ、〈好香亭〉の、その」  冷や汗がどっと吹き出した。一瞬感じた俺のヒロイズムは気のせいだったらしい。 「あの店の、常連か」 「あ、いや、そうかな?それでですね、あの」 「言いたいことがあるならさっさと言え!てめぇに構ってる暇なんざ――」  突然、気の抜けた音が二人の間に割って入った。苦しいような、情けないようなこの音は。ちょうど今青椒肉絲定食を平らげたばかりの俺ではありえない。と、すると。顔を上げると、いかついピアスをぶら下げた耳朶が、茹で蛸ばりに赤くなっていた。 「……お、おう」  男は黙っている。腹の音はまだ鳴り止まない。 「え、えーっとですね。〈好香亭〉の借金の取り立てをしていると聞いたんですがね。あなたが昼時の営業時間内に来られるとですね、他の客がその、萎縮してしまうと言うか、客足が遠のくようでしてね」  巨体がぴくりと反応した。 「その、そちらも返済してもらうためにはあの店に儲かってもらった方がいいわけですし、できるなら取り立ての時間を営業時間外にした方がいいんじゃないかなーっと。思いまして」 「あの女がそう言ったのか?」 「え?ああ、まあ……」  男はゆっくりとサングラスを外す。現れた双眸は、なぜか潤んでいた。 「えっ」 「……おい、あんた。その話、詳しく聞かせろ」  気がつけば俺は腕を掴まれ、駅の反対側にある喫茶店へと引きずり込まれていた。
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