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「……あの人が作る飯が食いたかっただけなのに……」 「はあ」 「無茶な注文はつけてるけど、その分心付けも多めに渡してるし……むしろ、少しでも返済の足しになればと思って、通って……」 「え」  男はぶるぶる震えたかと思うと、ついには大粒の涙を零し始めた。野獣のような眼光はどこへやら。なんでこうなってしまったのか、予想外の展開にさすがの俺も戸惑うしかない。からかっていたら女の子を泣かせてしまった、遙か昔の記憶が蘇っていた。  なんだか無性に可哀想になってきた。彼が通っていた理由も俺と同じだったと知ると親近感すら湧いてくる。そうか。こいつは家業として取り立てをやっているけれど、別にあの女将さん自身に恨みも何もないんだもんな……。 「あ、そうか」  俺はまじまじと男を見た。情けなく鼻の頭を赤くして、睨んでいるようにしか見えない上目遣いを返している。彼が実は見た目よりも幼いのではと思ったのも、この時だった。 「あの女将さんのこと、好きなんですね」 「……」  男は勢いよく立ち上がった。そして、足音高くトイレへと消えてしまった。 「なんだあいつ」  少しして、男が戻ってくる。サングラスを掛け直し、肩を揺らして着席する様はさも威厳を取り戻そうと取り繕っていた。 「あ、でも。女将さん、いい人だって言ってましたよ。乱暴な取り立てはしないし、ご飯も残さず食べてくれるからって」  再び起立。今度は駆け足でトイレへ逃げ込んだ。 「だから、なんなんだよ……」
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