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 それから。  あの男を宥め、打ち解けて話をさせるまでに、午後いっぱい使う羽目になった。たまたま担当になったあの女将さんに一目惚れし、ご飯を食べてみたらおいしくてさらに好きになってしまい、云々。蓋を開ければ馬鹿な理由なのだけれど、衝撃的なのはヤクザ者の恋心に留まらなかった。 「借金帳消しにしてあげたら好感度鰻登りだと思いますよ」 「んなことできるわけねぇっすよ……第一、あの人に会う口実が無くなるじゃないですか……」 「じゃあ、女将さんを手伝って店に――は、さらに客足が遠のくからだめか。いっそ女将さんの借金を肩代わりしてあげたらどうです?養ってあげるって言うか、結婚」 「いやいやいやいや、何言い出すんすか!オレみたいな若造が、あの人を妻にめ、めと」 「落ち着いて」 「それにオレ、まだ未成年ですし、そういうのはまだ考えられねぇっす」 「……え?えええええええ」  なんという老け顔。熊を素手で屠れそうな顔をして、御年十九歳。かなり若い頃から組に入って実績を上げてきたそうで、若手のトップとして頑張っているうちに、必要以上の貫禄がついてしまったのだそうだ。 「しかしね、女将さんは途方にくれているわけで。このまま売り上げが伸びないんじゃあ、店を畳むか、返済のために風俗に――」 「だっ、ダメ!それだけはダメ!」  体をくねらせ悶絶している。十九歳は純情だ。  急に敬語を使うのが馬鹿らしくなる。 「じゃ、昼に通うのは諦めなさい」 「ぐうう……」 「ま、あの店は美味しいし、そうすれば繁盛するだろうね。客足が完全に戻るにはしばらくかかるだろうから、その間はどうしようもないけど……」 「そんな」 「ヤクザなんて怖がらない客が沢山捕まえられれば問題解決なんだが。そもそも、君にも原因があるんだぞ。君が店で大人しく、静かに食事していれば、事態はもう少しマシだったと思う」 「あ。そうか」  老け顔ヤクザが立ち上がる。年相応の、キラキラした笑みを目に浮かべて。 「なんだ、簡単じゃねえか!」  男――もとい、少年は脱兎のごとく店の外へ駆けだした。取り残された俺は段々遠のいていく「いよぉ、しゃああああああ」という叫び声を呆然として聞いていた。ナポリタンセットは俺が払うのかよ、と考えながら。
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