月寒アペティータ

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黒装束の人物は(くう)を切り、ときに屋根を跳躍台にしながら舌打ちした。 忌々しい。まさか強力な魔除けを持っていたなんて。 弾かれた手は一瞬で焼け爛れたが、もう傷は治りつつある。 次こそは必ず引き裂いて、血を啜ってやる。 今までのたくさんの豚どもと同じようにだ。 しかし、その前に―― 「姿を見せなさい」 黒衣の女は、先ほどからつきまとっている同族の気配に向けて言った。 この国にも幾人かは貴族(エルバハ)が生き残っているのだろう。だが、こちらの様子を窺っているようでは、敵かそうでないかわからない。 高いビルの屋上に着地し待ち受けると、やはりフードをかぶった人物がひらりと現れた。 「あなたもエルバハなら、顔を見せて名乗りなさい」 相手は言われたとおりフードを取った。 金髪の、美しい白皙の青年だ。 「どちらの若様かしら?」 彼はそれには答えず、「お前が通り魔か」と静かに問うた。 「通り魔? 豚どもの下品な呼び方はよして。(わたくし)は私の高貴な本性(ほんせい)に従っているだけだわ」 「……虐殺は必ずしも我らの本性ではない」 「何ですって? あなたそれでも――」 黒衣の女は、何かに気づいてまじまじと青年を見た。 「思い出した、あなた――シュヴァーロフの息子ね? 一度、クレムリンの宮殿で見たわ。裏切り者の息子」 憎々しげな声音だった。 青年は肯定も否定もせず、女に向かって「これ以上、人を屠るのはやめろ」と静かに告げた。 女は嗤笑した。 「シュヴァーロフ一族は豚を愛護する高尚な趣味をお持ちね」
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