月寒アペティータ

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「と、ところで、あの、店長さんが『博士』っておっしゃってましたけど」 「一応研究者なのよね、これでも。専門は、そうね、生物関係。リナトとは昔からの共同研究者、ってとこかな」 「研究のお仲間、ってことですか?」 「そんなところ。研究対象の情報を交換したり、リナトに必要なものを提供したり、ね。だから安心していいわよ」 最後の一言は、小春にだけ聞こえるように囁いた。 心の内を見透かされているようで、小春はなんとも返答のしようがなかった。 博士はバンダナの店員が運んできたウォッカを丸い氷の上から注ぎ、それを片手にメニューを開きながら、「ねえリナト、例の件はどうなった?」と訊いた。 「終わりましたよ。おかげさまで」 「そう。私の優秀な情報収集能力のおかげで」 乾杯をするようにグラスを目の高さに持ち上げ、一気にあおる。豪快な美女だ。 彼女は、「そういえば」と小春の方を見た。 「通り魔事件の犯人、捕まったわね」 「あ、そうですね。よかったです。生徒に何もなくて」 博士は、片方の視線を天井に泳がせてから、そうね、と相槌を打った。 一時期は小春の勤務校でも部活や登下校に配慮していたが、すぐに犯人が逮捕されたので警戒を解いた――と、思う。 小春の記憶に、何か小さな違和感があるような気がしたが、それが何なのかはわからなかった。 「そう、この間、3年の生徒が1人、急な心臓発作で亡くなったんですけど、若い人が亡くなるのはかなりショックですね……」 不意に、その件が口をついて出た。 「“消滅”か……」 博士は、グラスの中に向けて小さく呟いた。 どういう意味だろう? 小春が首を傾げていると、「――さて、博士もご一緒にパスチラはいかがですか?」と吏那人が、カウンターの向こうから色とりどりのデザートの乗った大皿を2人の前に置いた。 「もちろん。全種類ね」と博士。 作った本人は「光栄です」とおどけた顔をする。 「小春さんもお好きなだけどうぞ」 「ありがとうございます。いただきます」 リンゴやベリーのピューレ、ナッツやチョコレートを卵白で固めたケーキは、少しの酸味と、懐かしい優しい甘さで小春を魅了した。 この店と、その主人と同じように。 きっと、これからも。 了
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