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寒さが厳しい日のボルシチは、至福の味わいだ。
タマネギの香ばしい甘みが真っ赤なスープから漂い、サワークリームのコクがジャガイモのほっくり感と絶妙に調和している。
ニンニクの刺激に隠れた根セロリの慎ましいアクセントも、凡百のスープとは趣が異なる。
つまり、とてつもなくおいしい。
小春はビーツ色のスープを一匙口に運んで、ふう、と息をついた。
「あー、五臓六腑にしみわたるって感じです」
「わ、国語の先生らしい文学的な表現ですね」
穏やかな笑顔で傍に控えているのは、西洋の宗教画から抜け出してきたような金髪碧眼の美青年だった。
この月寒食堂のシェフ兼店長で、両親はロシア人だけれども本人は日本生まれ日本育ちとのことだった。
吏那人という下の名前を知るまでに、小春は計4回このこじんまりしたロシア料理店を訪れた。
「いえ、そんな」と小春は照れて手を高速で振る。
「言い回しが年寄りくさいって友達にはからかわれます。おばあちゃん子だったので、ついうっかり『よっこいしょういち』とか言っちゃいます」
「よっこ、しょ・・・・・・?」
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