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真顔で聞き返されて、小春は顔を覆いたくなった。
吏那人は自分より少し年上に見えるが、その彼でさえ知らない死語を発してしまったことを恥じる程度の女心は持ち合わせている。
穴があったら入りたいがレストランにそんな穴はないので、慌てて話題を変えた。
「そ、そういえば最近、通り魔事件がずいぶん起きてますね」
あまり食事どきにはふさわしくなかったか、と悔いたが、「そうですね」と吏那人は頷いた。
「先月、2人も亡くなったとか」
「怖いですよねえ。刃物で何度も切られて血だらけだなんて」
「夜遅くに襲われるらしいですから、湯浅さんもお帰りは気をつけて下さいね。夜間営業の店が言うのも変ですけど」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
客への社交辞令とわかってはいても、彼に紳士的な言葉をかけられるとやはり嬉しくなる。
それから、羊肉のシャシリクとリンゴケーキのシャルロートカまで平らげて、小春はバンダナを頭に巻いた若い男性の店員に会計をしてもらった。
「ごちそうさまでした。今日も、とってもおいしかったです」
淡泊にアリガトウゴザーシタ、とだけ答える店員の横で、「またきて下さいね」と吏那人はにっこりし、レシートと一緒に小さな袋に詰めた砂糖がけのクッキーを渡してくれた。
「お得意様にオマケです」
唇に人差し指を当てるしぐさが、実にさまになっていた。
胃も心も温かく満たされて、明日を頑張る糧になる。月寒食堂は小春にとって、そんな場所だった。
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