月寒アペティータ

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その日は朝から職員室の空気が重かった。 職員朝礼で校長から聞いたのは、3年の女生徒が1人、何者かに切りつけられて重傷を負ったという事件の報だった。 予備校の帰りで遅くなったらしい。 彼女の名前には覚えがあった。1年生のときに、国語総合を担当していた。 なんてひどいことを、と小春はやるせなかった。 犯人は捕まっておらず、警察によると、手口から見てこれまで世間を騒がせてきたのと同じ人間の犯行ではないか、とのことだった。 今後しばらくは保護者による生徒の送迎を認め、部活も5時には切り上げるように、と教頭から強い指示があった。 「大事な試合が近いのに、5時に練習終わりだなんて」 ぶつぶつ言うサッカー部の顧問に「曲突徙薪(きょくとつししん)。生徒の安全第一ですから」と言うと、「湯浅さんのバレー部はそりゃ、勝ち負けどうでもいいかもしれないが」とかなり失礼な発言が返ってきた。 小春はむっとしたが、たいして親しくもない年配の男性にそう遠慮なく言い返せるものでもない。 憮然としていると、「物騒ですねえ」とおっとりと話しかけてきた女性がいた。 今年入った英語担当で、確か北白川(きたしらかわ)だ。顔立ちも雰囲気も、雛人形のようだった。 「ほんとですよ」と小春は腕を組んだ。 「通り魔って卑劣な犯行ですよね。誰でもよかったなんて言ってるくせに、絶対プロレスラーや暴力団員は襲わないでしょ。女子高生を標的にするなんて、きっと鬱屈した、性格歪んだチキン野郎に決まってますよ」 「・・・・・・そうですね」 そのとき、北白川の古風な面に一瞬、険しさが走ったように見えたが、小春の気のせいだったかもしれない。
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